16ヶ月

あけましておめでとうございます。お久しぶりです。今年もよろしくお願いします。暗いと見せかけて暗くないですよ!

しかしどうにもわたしの文章は不安とか悲しさとか、そういうマイナスの感情によって生まれてくるものみたいだ。

 

めぐろくんをすきになって、なにも知らないわたしはファンになったさいしょのころ不安しかなくって、ユニットに無所属のJr.という心許なさにいなくなっちゃいそうだっておもって、無所を応援することに少し慣れてきたらすぐに彼の周りにおおきな環境の変化があってまたちょっと不安になって。去年はその揺れるきもちに突き動かされて書かずにはいられないってかんじだった。

 

でも気づけばめぐろくんの歩く道は安定したものになってきて、それは彼が宇宙Sixの一員になったこともあるし、「メンバー」からの影響もあるし、本人の成長もあるし、それからわたしが見てきた時間が積み重なってきたこともあるとおもう。時間が全てじゃないのはもちろんだけど、信頼とは過ごした時間と無関係じゃないのだとおもう。

 

亀梨さんのソロコンを観にいけなくてしんどくて、それでも舞台が決まって、湾岸もあって、なんだかんだ幸せなことが多くて、文章に起こさなくてもやってこれた。それはいいこと。わたしはケチだからこの目で見ためぐろくんのことは独り占めしたいんだ。一部をTwitterに残すことはあっても、言葉でうまく表せない部分をむりやり言葉に落としこむとぜんぶ嘘になってしまう気がしてしまう。だから、わたしが見たものはわたしだけのもの。わたしの大切なめぐろくん、にしちゃうのだ。

 

湾岸もハッピー、桃山もハッピーでやってきたけど、言葉を吐き出したい気持ちになったのは韓国のアイドルの方が亡くなったのとか、はじめて好きになったアイドルが結婚したとか、そういうこと。

 

むずかしいなーっておもう。「応援する」って言葉をなにかと使いがちだけど、わたしのきもちが本当に彼らの応援になるかなんてわからない。勝手に好きでいて、良かれとおもってすることがいつの間にかだれかを追いつめているのかもしれない。現実の人間関係でもそうだけど。だれも傷つかなければいいのにな、とおもうけれど、それはきっと無理な話で、だから、もしも傷を受けてもそれがきちんと治るものであるように。目の前に表れる壁がなんとか乗り越えられるものであるように。ずっとがんばってがんばってがんばった末に折れずに喜びを感じられるように。こんな祈りだって条件によってはのろいに変わってしまうのだろうと思いつつ。きっとわたしのたのしいとあなたのたのしいの距離がなるたけ近いといい。そうすればわたしのきもちであなたの後押しができる可能性が上がるでしょう?

 

みたいなことを年末に考えていたけれど、年が明けたら気分も明るくなってきた。なにしろ「今年ももう終わっちゃうけど来年がすぐやってくるから嬉しいね」ってめぐろくんが言うので。カウコンお疲れさま!ことしもきっとだいすきだよ!