5ヶ月

めぐろくんじゃないひとのことを書こうと思ったけれど、書いたら信じたくない気持ちですがっているほんの少しの希望もなくなってぜんぶ本当の本当になってしまう気がして上手く書けない。

 

はじめて好感を抱いた同い年のアイドルだったと思う。じぶんの思うよりずっと好きだった、というか、同い年ということ、心のどこかで支えというか頼りにしていた部分があったのだと思う。全然思い出さなかった時期もあるのにこんなこと言うのはずるいと、わたしも思っている。

 

気づいたときにはそこにいて、はじめて認識した同い年のジャニーズで、あの頃のわたしはずっと同世代のアイドルはないわ〜って思ってたけど、でも彼はそういうかんじしなくて、いろんなところで見かけるたびに、あぁ発光している…アイドルの人だ、と他のだれよりも感じていた。なにかのきっかけがあったら担当になってもおかしくなかった、と思う。(もうひとり、こばみずにもおなじことをおもっていたことがある)でも、結局そのきっかけはなかったわけで、そしてそういうふうに感じていたひとがたくさんいた人だったと思うし。彼らを応援するには結局、その人のために、その人の名前に、お金をつかわなきゃ、意味ない、とは言わないけど、でも結局、意味ないんだなぁ〜って。それだけじゃないけど、まずは「あなたにお金を使うよ」って人をどれだけめちゃくちゃ増やせるかなんだって。改めて、シビアな世界だ。

 

もういないかもしれない話をしたら、妹に「まともな感覚の持主だったんだね」と言われた。そう、すごくまともだ。わたしも、その感覚を失っていないことを、ついこの前までかっこいいと思えていたはずだったのになぁ。25になる年に辞めること、ツアーは回りきること、最後にピンナップに載ってたこと。そうか〜って、思う。同い年としても、やっぱり。うん、そうか〜〜〜。

たかよしさんに少しでもちゃんとお金を使いたかったなぁ。わたしのタイミングが遅かったなぁ。叶うなら、これからでも良いけど。いつか、どこかで。

 

いなくなるひとがいるのはぜったいにそこにあることだけれど、Jr.担になってからその重みがすごい。その決断ができることを素直にかっこいいと思っていたつい一年前のわたしは何処へやら、誰もいなくならないでほしい、と願ってしまう。「今」しかない。本当に。

 

ささやかな範囲ではあるけれど、できることはする。どこかに載ってる限りは買う。そうすることが、いまのわたしにとってたのしいことだから。

そして、なるべく長くめぐろくんのファンでいさせてほしいとおもう。いたいとおもう。

 そこに、そこじゃなくても、見えるところに、いてほしいとおもう。

 直接本人の気持ちを知ることはできないから、すきでいるのはわたしのエゴをぶつけることでしかないけど、だからこそ。

この前ツイッターでフォロワーさんとお話した「もしも宝くじで3億当たったら」というお話。

そしたらわたしは全額めぐろくんにお渡しするから、もうずーっとステージに立っていてほしい。踊っていてほしい。踊っていてほしいなぁ。そう願っているのが本心。

 

こういう気持ちと向き合うと、のろいをかけてるみたいなきもちになるけれど。そういうたくさんのファンそれぞれのしぬほど重たい気持ちをエネルギーに変えられる人じゃないとアイドルでいられないのだろうな。

 

とりあえずは、わたしが生ではじめて見ためぐろくんが映像化される世界に乾杯。サマパラがなければこんなにおもしろい時間を重ねることできなかった。ありがたい。ちょっと不安だったけど、少しの寂しさとともに、たのしく見ている。

そして、めぐろくんがハタチになるときにファンでいられることに乾杯。概念としてのドンペリあけちゃうよ。

じゃあ、また、10日後くらいに。